東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)226号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで本件審決を取り消すべき事由について判断する。
1 取消事由(1)について
(一) 本件発明について
成立に争いのない甲第二号証(本件公報)によれば、本件公報には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
本件発明は、河川や港湾、海岸等の水底に堆積している各種のヘドロを水底において拡散流出させることなく即座にその位置において硬化固形化させ、これによつてヘドロ処理を可能とすることを技術的課題(目的)とし(同公報1頁2欄五行ないし九行参照)、この課題を解決するために、前記当事者間に争いのない本件発明の特許請求の範囲記載のとおりの構成を採用したものである。
本件発明は、右構成を採用したことにより、撹拌範囲の一部必要量が互に重合されており、かつ撹拌部分内部にヘドロ硬化剤供給口が開口されるようなされているので未処理部分の残存しない非常に優れた撹拌混合可能な硬化処理ができるという効果を奏するものである(同2頁4欄三二行ないし三八行参照)。(以下、本件発明につき別紙(一)参照)
(二) 第一引用発明について
第一引用例には、「撹拌翼2付きの撹拌翼シヤフト3の複数を略平行になして、埋立て地等の粘性土地盤内へ挿入し、且つ相隣する撹拌翼シヤフト3の各々に付設された撹拌翼2のその撹拌範囲の一部必要量が相互の軸間で互いに重なり合う重複部分を形成するようなさしめると共に、外部から送給される固体状安定剤が撹拌部分に供給されるよう該供給手段の供給口を開口せしめる方法」及び「駆動手段に連結された撹拌翼付きシヤフトの複数からなり、且つ前記撹拌翼とは別体の安定剤打設管を介して外部からの固体状安定剤が撹拌部分へ供給可能になされた固体状安定剤供給手段を備えた軟弱粘性土の硬化処理装置」が記載されていることは、原告の認めるところである。
そして、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によれば、第一引用例には、第一引用発明の技術的課題(目的)、構成及び効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
第一引用発明は、埋立地などの軟弱粘性土地盤に固体状安定剤を混合して急速に地盤の支持力を増強し、当該地域を早期に利用することを可能とする地盤改良工法を提供することを技術的課題(目的)とし(甲第三号証1頁1欄一六行ないし一九行参照)、特許請求の範囲(「固体状安定剤打設管の下端側面に、回転駆動装置と連結した撹拌翼を二個以上装着した、安定剤混合処理装置を用いて、固体状安定剤を地中で周囲の地盤と混合処理し、若しくは、この作業をくり返して、必要面積の地盤を必要深度まで安定処理する。軟弱粘性土の地盤改良工法」)記載のとおりの構成を採用したものである。
第一引用発明は、右構成を採用したことにより、粘性土の深層まで急速に安定し地盤の支持力が著増するため、従来、長期間を要した軟弱粘性土地盤、特に埋立土の改良が短期間に完成するので、その経済的効果は極めて大きいという効果を奏するものである。(同2頁4欄一一行ないし一五行参照)。(以下、第一引用発明につき別紙(二)参照)
(三) 原告は、第一引用発明は、「埋立地等の軟弱な粘性土」を対象とするのであつて、本件発明の目的とする「ヘドロ」は右対象には含まれない旨主張するので判断する。
前掲甲第二号証によれば、本件発明の明細書には、「ヘドロ」を定義づけた記載及び「ヘドロ」を埋立地等の軟弱な粘性土から区別した記載はないことが認められる。また、成立に争いのない甲第五号証(日刊工業新聞社発行の「マグローヒル科学技術用語大辞典」)によれば、「ヘドロ」は、「もともとは河口・沼・湾の底に堆積した軟弱な泥のこと」を指すことが認められ、「ヘドロ」をその粒度の大きさから定義つけた証拠はない(原告は、本願発明の目的とする「ヘドロ」は、一ミクロンから七四ミクロンの範囲にあるいわゆる流動性をもつたクレイ(粘度)、シルトである旨主張するが、右主張事実を認める証拠はない。)。
以上の事実によれば、第一引用発明の対象としている「埋立地等の軟弱な粘性土」には、本件発明の対象としている「ヘドロ」が包含されると認められ、これに反する証拠はない。
原告は、「ヘドロ」と「粘性土」が互いに別異なるものであることは、第一引用発明の同一出願人による改良発明である特公昭五六―三七三七二号公報(甲第九号証)の記載からも明白である旨主張するところ、成立に争いのない甲第九号証によれば、右公報2欄三三行ないし3欄二行には原告指摘の記載があることは認められる。しかし、出願にかかる発明の内容が何であるかは、出願人が当該願書並びにこれに添附した明細書及び図面によつて客観的に表示したところに従い把握すべきものであるから、たとえ出願人が同一であるとしても、他の出願の明細書の記載が、直ちに当該出願にかかる発明の明細書及び図面の内容を規定するところとはならないというべきであるのみならず、甲第九号証の前記記載は、同号証によれば、甲第九号証の発明の対象としている「軟弱地盤」には「ヘドロ」が含まれない旨を明示した記載にすぎず、「ヘドロ」と「粘性土」が異なる範ちゆうに属することまでを述べたものではないことが認められるから、原告の右主張は採用できない。
そうすると、第一引用例には、ヘドロ硬化処理方法及びヘドロ硬化処理方法を実施するための装置が記載されているということができるから、同旨の本件審決の認定に誤りはないといわなければならない。
したがつて、第一引用発明の対象とする「軟弱な粘性土」は、本件発明の対象とする「ヘドロ」を含まないことを前提とし、本件審決の前記三2(a)、三2(b)、三3(a)、三3(b)、三5(a)の認定が誤つているとする原告の取消事由(1)(一)は採用できない。
(四) そして、第一引用発明の対象とする「軟弱な粘性土」か「ヘドロ」であるときは、安定剤として「ヘドロ硬化剤」を用いることは技術常識上当然のことであるといえるから、同旨の本件審決の認定に誤りは認められない。
したがつて、固体状安定剤は「ヘドロ」に対して効果がない旨の原告の主張は、主張自体理由がない。
よつて、取消事由(1)(二)も採用できない。
(五) 以上のとおり、本件審決には、原告主張の相違点の看過誤認はない。
2 取消事由(2)について
(一) 第二引用発明について
成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、第二引用例には、第二引用発明の技術的課題(目的)、構成及び効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
第二引用発明は、基礎土壌にセメントモルタル等を浸透させることによつて基礎土壌を圧密するための方法及び装置に関するものであり(甲第四号証1頁右下欄九行ないし一一行参照)、(a)地表面と深さ四mの間に存在する地層に対してセメントモルタル等を拡散又は浸透さえも行なえること、(b)粒塊寸法〇・一〇ないし一・〇〇mmの土壌に対する本方法の適用範囲を広げること、(c)粒塊寸法を(b)と同じものとして、モルタルの浸透半径を広げること、(d)土壌とモルタルの間の均質化を高程度にすること、(e)作業時間を短縮し、こうして初期コストを相当削減することを技術的課題(目的)とし(同2頁左下欄六行ないし右下欄三行参照)、この目的を達成するために、ガンの半径方向にこれとほぼ直角に延びた一組のブレードを自由端部に備えた少なくとも一個の管状ガンを土壌中に挿入することと少なくとも一個のガンを振動させることと該ガンを回転させながらガンから適当なモルタルを注入することの各段階を全て同時に行なうという(同2頁右下欄四行ないし一〇行参照)特許請求の範囲記載のとおりの構成を採用したものである。
第二引用発明は、右構成を採用したことにより、ガンを土壌中に進入させると同時にガンとブレードを回転させるので、作用を受けた土壌中の粒塊は、(1)振動の結果としてのブレードの土壌中へのほぼ垂直の運動、(2)ブレードの回転の二つの運動の結果生じるブレードの運動を受けて完全な攪乱及び混合作用を受けるという効果を奏するものである(同3頁左下欄一二行ないし右下欄四行参照)。(以下、第二引用発明につき別紙(三)参照)
右記載及び前掲甲第四号証によつて認められる第二引用例の「ガン13にはブレード21との間にセメントモルタルが吐出できる開口部24が付けてある。」(同号証3頁右上欄八行ないし一〇行)及び「ブレードの歯付き端部は直線状端部に比較して土壌の混合を改善するという利点を有しているが、これは前述した如く、ブレードの運動、即ちほぼ垂直方向の運動と円運動の組合せの結果生じたものである。実際上、ブレードの端部の周縁はより長くなつているのでブレードと土壌の接触、従つて土壌に対する混合作用が改善される。」(同4頁左上欄五行ないし一二行)との記載及び同号証の図面の記載とによれば、第二引用発明の工法は、開口部24から吐出されたセメントモルタルをラジアルブレード21により土壌とともに撹拌混合して地盤を硬化するものであつて、セメントモルタルはガン13の開口部24から一体のラジアルブレード21が回転して土壌を撹拌している部分に供給するように構成されていると解される。
原告は、第二引用例の前記認定の技術的課題の記載(甲第四号証1頁右下欄九行ないし一一行及び2頁左下欄六行ないし一四行)からみて、第二引用発明の工法における圧密はいわゆる浸透作用による圧密であつて、右工法はセメントモルタル等を土壌(砂礫)中へ拡散又は浸透させる注入工法である旨主張するところ、原告の右指摘部分の記載によれば、第二引用発明の工法では、セメントモルタルの浸透作用がなされることも認められるが、前記のとおり、少なくともラジアルブレードの回転範囲内では撹拌混合作用がなされていると解されるから、原告の右指摘部分の記載が、第二引用発明の工法において本件発明と同様の撹拌混合工法がなされていると認定することの妨げとなるものではない。
したがつて、第二引用例には、「基礎土壌を圧密するものにおいて、ラジアルブレード付管状ガンを中空軸となすとともにラジアルブレード間に吐出口を開口せしめ、セメントモルタルを該吐出口から撹拌部分に吐出せしめて撹拌部分に供給される基礎地盤を硬化処理すること」が記載されているということができ、また、第二引用例における基礎土壌の圧密も土壌をセメントモルタルと撹拌混合して硬化処理するものであり、地盤の硬化処理である点で本件第一発明及び本件第三発明と軌を一にするということができ、同旨の本件審決の認定判断に誤りは認められない。
原告は、第二引用発明は砂礫に対する注入工法であるとし、本件発明のヘドロに対する撹拌混合工法とは同一技術ではない旨るる主張するが、第二引用発明が砂礫に対する注入工法であることを認めるに足りる証拠はなく、第二引用発明の工法が本件発明と同様の撹拌混合工法であることは前記のとおりであるから、原告の第二引用発明が注入工法であることを前提とする主張はいずれも採用することができない。
また、原告は、乙第一号証(土質工学会発行の「土質工学ハンドブツク一九八二年版」)九九六、九九七頁の記載を引用して、第二引用発明は少なくとも深層混合処理工法に関するものではない旨主張するところ、成立に争いのない乙第一号証によれば、同号証の九九六、九九七頁には原告指摘の記載があることは認められるが、右記載が、第二引用発明が混合処理工法であると認定することの妨げとなるとは認められないから、原告の右主張は採用できない。
(二) 第二引用発明のラジアルブレードが撹拌混合を目的としたものであることは前記(一)において認定した事実から明らかである。
したがつて、第二引用発明のラジアルブレードは撹拌混合を目的としたものではない旨の原告の主張は採用できない。
また、原告は、第二引用発明の撹拌作用は、強力な流体圧で吐出されるセメントモルタルの水平放射状方向への可及的な拡散拡大が図られるようにするための通路をあける作用を果たさせることにあるから、この撹拌作用は水平放射状方向の遠近差で圧力分布に差のあることが必定であつて、本件発明の「撹拌部分に未硬化処理部分の残存しない連続した硬化処理が実施されるもの」とは全く別のものである旨主張する。しかし、第二引用例には、機械的作用を利用して土壌を圧密する地盤の改良工法が記載されており、この工法が撹拌混合工法であると解されることは前記(一)のとおりであり、また、少なくとも、ラジアルブレードの回転範囲内では撹拌混合作用がなされていると認められることも前記(一)のとおりである。そうすると、第二引用発明の工法においては、本件発明と同様の撹拌混合工法がなされていると解して差し支えがないから、原告の前記主張は採用できない。
なお、原告は、注入工法は「ヘドロ層」に対して不適当であると主張し、成立に争いのない甲第七号証(建設産業調査会発行の「最新土木工事ハンドブツク」)を引用している。しかし、右主張は、第二引用発明の工法が「注入工法」であることを前提とするものであり、右前提が誤りであることは前記(一)のとおりであるから、原告の右主張は採用できない。
(三) 以上のとおり、本件審決には第二引用発明の構成の認定に誤りがあると認められず、したがつて、本件審決が本件第一発明及び本件第三発明のいわゆる進歩性の判断を誤つたとする取消事由(2)も採用できない。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとする。
〔編注1〕本件発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
1 撹拌羽根付回転軸の複数を略平行になしてヘドロ層内へ挿入し、且つ相隣する回転軸の各々に付設された撹拌羽根のその撹拌範囲の一部必要量が相互の軸間で互に重なり合う重複部分を形成するようなさしめると共に、外部から送給されるヘドロ硬化剤が撹拌部分の内部に供給されるよう該供給手段の供給口を開口せしめ、撹拌部分に未硬化処理部分の残存しない連続した硬化処理の実施されることを特徴とするヘドロ硬化処理方法。
2 水平板状に形成し且つ移動指向方向側端縁部を大きく上向きに彎曲させてなるカバーをヘドロ上面に当設させてヘドロの飛散、拡散を板面下で常時継続封鎖しながら硬化処理を行うことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載のヘドロ硬化処理方法。
3 駆動手段に連結された撹拌羽根付回転軸の複数からなり、且つ一軸以上を中空軸になし、該中空部を介し及び/又は前記撹拌羽根とは別体に移動するパイプを介して外部からのヘドロ硬化剤が撹拌部分の内部深くへ供給可能になされたヘドロ硬化剤供給手段を備えていることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の方法を実施するヘドロ硬化処理装置。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙(一)
<省略>
<省略>
別紙(二)
<省略>
別紙(三)
<省略>